部屋の中は静まりかえり、ほのかに壁面の模様を浮かび上がらせる
月の光のささやきが聞こえてきそうなほど。
風さえも月の女神の憩いを妨げまいとするかのようにそのなりを潜め、
薄闇と灰青で染め上げられたその世界の中のただ一つの朱は、目を引くに充分だった。
壁際に置かれたチェストの天辺あたりの壁が、かすかに朱に染まっている。
不可解さを覚えた意識は眠りの淵にまた落ちていこうとはせず覚醒に向かうだけ。
トーマは自らの好奇心を解放するために寝台から身を起こした。
チェストの上には蓋を外されたままの小箱が置かれていた。中にはいくつかの石榴石。
おのれを照らす月光を自らの色に染め変え、静かに月光に反旗を翻していた。
それらは昼間、アポロニアスより婚約の儀の記念として贈られたもの。
微細にして流麗な彫刻を施され、小箱を形作る雪花石膏は気に入りの石で、
トーマのそれらの好みを知るアポロニアスの心遣いだった。
眠りを妨げた正体を確かめ寝台に戻った彼は再び目を閉じるが、
目を覆うまぶたの裏には依然として朱の色があった。
シーツを目の高さにまで引き上げてもみたが無駄なあがきにしかならず
再度起き上がった彼は彼自身を表す紋の施された小箱の蓋を手に取り、その朱を覆い隠した。
小さくか細く硬質な石の嘆きがひとすじ、静寂に響いた。
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