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2007年10月22日 00時01分 置き逃げ (逃げるって何処へ?)
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「花を植えてみようか」
片眉がついっと動き、かすかな皺が眉間に寄った。
予想通りの反応に頬が緩みそうになる。
「なに、お主が動けるようになるまでまだ間があろう?
儂が手持ち無沙汰なのだ。それに、時の移ろいを知るのにもよい」
「解せぬ」
即答だった。
たまさか発する言葉といえばほんの一言。
出てくるのに時間もかかるこの男にしては非常に珍しい。
「変か?」
「変だ」
何かあったのか? と無言で目が尋ねてくる。
笑ってはぐらかそうとしたが、強い視線がそれを許さなかった。
満身創痍で動くことも難しい身体だというのに、なんと強い光を宿す瞳だろうか。
その瞳に魅入られた自分は、その煌めきから逃れることはできない。
「農民は、強いな」
「・・・」
「儂らとは違う生き物だ。そう、痛感する。
淀んで、膿んでしまう。儂はそういう生き物だ。
お主も。
だが、この世の理に根ざして生きるのは彼らだ。
侍でも、ましてや商人でもなく」
どこかで百舌が鳴いている。
冬の蓄えはまだあるだろうにと、頭の片隅でふと思う。
「彼らを..彼らのほんの欠片を理解したいと思うのは変だろうか」
今度は少し、間が開いた。
「じじいの世迷い言か。老けたか、島田」
「ひどいな。これでも動けぬお主の無聊を慰めようと思案しているというに」
自然と頬が緩んだ。今度は見咎められることもあるまい。
「花などいらん。だが植えるがいい」
「どうした。貶すかと思えば」
「放り出しはせぬだろう?」
「ん?」
「咲くまでは・・・」
消えゆく声に最後は聞き取れなかった。
が、言わんとすることは理解できた。
額にかかる金糸をそっと払い、自分を捕らえて離さぬ瞳を探り出す。
赤い光が揺れている。
「許さぬ。俺の前から消えるなど・・・」
「うむ」
「許さぬからな」
「承知しておる」
口元に笑みがこぼれる。
自分の中からまだ産まれる感情がある。そのことに気付かせてくれた。
その存在を置いて何処へ行けよう?
その後に続くであろういつもの言葉は遮られて、発せられることはなかった。
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